目次

4. 3次元モデルの計算

4.1 FDTD法の計算条件

数値ファントムはボクセル数=100x100x50、分解能=1mmですが、 このままではデータ量が多いので、分解能Dを大きくしています。
D3個のボクセルを合体して1個のセルとしています。 その誘電率は各ボクセルの誘電率の平均です。
FDTD法の計算条件は表4-1の通りです。

表4-1 FDTD法の計算条件
パラメーター
セルサイズ(分解能)D=Δx=Δy=Δz=5mm
対象領域(内部領域)のセル数Mx=My=20, Mz=10
外部領域のセル数4
FDTD計算領域のセル数Nx=Ny=28, Nz=18
アンテナ面数2 (X面,Y面)
送信アンテナの数Tx=42
受信アンテナの数Rx=42
周波数2.0GHz
送信アンテナの電界方向Z方向
受信アンテナの電界方向Z方向
給電波形微分ガウスパルス
吸収境界条件PML4層
アンテナと内部領域境界の距離2セル
タイムステップ数300
データ数20000

4.2 深層学習の計算条件

深層学習の計算条件は表4-2の通りです。

表4-2 深層学習の計算条件
パラメーター
ネットワークモデルResNet18, 重みなし
最適化関数Adam
入力画素数72x72ピクセル
エポック数50
ミニバッチサイズ60
訓練データの割合80%
S行列成分実部, 虚部
誘電率成分実部, 虚部
S行列差分あり
S行列正規化なし

4.3 アンテナ位置

図4-1にアンテナ位置を示します。
送信アンテナを内部領域の外側の-X面と-Y面に置きます。
同じ個数の受信アンテナを反対側に置きます。


図4-1 アンテナ位置

4.4 誘電率分布

多数の教師データを作るためには多様な誘電体の集合が必要になります。
表4-3に誘電体のパラメーターと本章で用いた値を示します。

表4-3 誘電体のパラメーター
パラメーター本章の値
誘電体の数指定した範囲内でランダム10~10
誘電体の形状指定した確率で直方体か楕円体0.8
誘電体の位置ランダムただし半径50mm内に限定
誘電体の大きさ指定した範囲内でランダム1~6セル
誘電率と導電率の平滑化回数固定1
誘電体位置の平均化個数指定した範囲内でランダム2~2
乳腺とがんの比指定した確率でランダム9:1

図4-2に教師データの1つの誘電率分布を示します。
Z面でスライスした図を順に示しています。
誘電体は内部領域に置かれます。
青→赤で誘電率が高くなることを表しています。 乳腺とがん以外はすべて脂肪とします。
がんが赤、乳腺が黄、脂肪が青ですが、 ボクセルの合体と平滑化を行っているために中間色もあります。
赤点は送信アンテナ、緑点は受信アンテナです。
導電率分布も同様であり省略します。


図4-2 誘電率分布

4.5 S行列の成分と差分

図4-3(a)に3個のデータのS行列を示します。 送受信アンテナの位置関係に起因する共通の模様が見られ、 本来の誘電体による影響が小さくなります。
(b)は第1データを誘電体のない状態とし、 第2データ以降のS行列から第1データのS行列を(複素数として)引いたものです。
(b)では誘電体の差が強調されるので学習の精度が上がることが期待されます。 ただし、(b)でも模様は残ります。


(a) S行列の生データ

(b) 差分後のS行列
図4-3 S行列の差分

図4-4にS行列について、絶対値/複素数、差分あり/なしのときの損失を比較します。
図から、複素数をとったとき損失が小さくなりますが、差分の影響は小さいことがわかります。
以下では、差分あり複素数とします。


図4-4 S行列の差分と成分と損失の関係

4.6 ネットワークの比較

図4-5にネットワークの比較を示します。 ResNet18重みなし以外はほぼ同じです。
1エポック当たりの計算時間はResNet18/34で5.2/8.1秒です。
必要なネットワークの深さは問題の大きさと難しさによります。
以下では、ResNet18重みなしを使用します。


図4-5 ネットワークの比較

4.7 画素数について

S行列の画素数はアンテナの数と一致します。 学習の前処理で画素数を変えることができます。
図4-6に画素数と損失の関係を示します。
画素数=112のみ少し損失が大きくなっています。
1エポック当たりの計算時間は画素数=42/72/112のとき4.4/5.2/7.3秒です。
画素数が小さいときは収束が不安定になることがあります。 必要な画素数は問題の大きさと難しさによります。
以下では、画素数=72ピクセルとします。


図4-6 画素数と損失の関係

4.8 データ数について

図4-7にデータ数を変えたときの収束状況を示します。
データ数が多いほど損失が小さくなることがわかります。


図4-7 データ数と収束状況の関係

図4-8にデータ数を変えた時の損失の最小値(図4-7の最小値)を示します。
データ数が多いほど損失が小さくなることがわかります(スケーリング則)。


図4-8 データ数と損失の関係

4.9 検証データの推定結果

図4-9に3個の検証データの誘電率分布の推定結果を示します。
Z断面(全10面)をスライスした図であり、上下で正解と推定の2個1組のペアになっています。
複素比誘電率の絶対値を表示しています。 色のスケールは共通(|εr|=5~55)です。 上の黒数字は比誘電率の平均、下の赤数字は比誘電率推定誤差の平均です。
場所、形、誘電率がある程度の誤差内で推定できています。


(a) データ#1

(b) データ#2

(c) データ#3
図4-9 検証データの誘電率分布の推定結果(Zスライス、上:正解、下:推定)

4.10 テストデータの推定結果

数値ファントムの誘電率を推定します。これが最終的な目的です。
計算条件も表4-4のように変えます。表4-4にない項目は表4-1~表4-3と同じです。

表4-4 テストデータ用の計算条件
データ数40000
ネットワークモデルResNet34, 重みなし
入力画素数112x112ピクセル

図4-10にテストデータcase1~3の誘電率分布の推定結果を示します。
上は正解、下は推定です。
「がん無」はがんをすべて乳腺に置き換えたものです。
各行は5mm間隔の全10面のZ断面です。
複素比誘電率の絶対値を表示しています。 色のスケールは共通(|εr|=5~55)です。図中の赤い所ががんです。
case1とcase2の推定ではがんがあるときにわずかに赤味が強くなっています。
case3の推定ではがんの有無は判定できません。


(a) case1 がん有

(b) case1 がん無

(c) case2 がん有

(d) case2 がん無

(e) case3 がん有

(f) case3 がん無
図4-10 テストデータの誘電率分布の推定結果

図4-11にテストデータcase1~3の誘電率分布の推定結果を示します。
すべてがん有であり、順にZ断面、X断面、Y断面です。上は正解、下は推定です。
各行は5mm間隔の全10面です。X面とY面については、乳腺とがんを通る中央付近を取り出しています。
Z面(a)(d)(g)は図4-10の(a)(c)(e)と同じものです。


(a) case1 Z面

(b) case1 X面

(c) case1 Y面

(d) case2 Z面

(e) case2 X面

(f) case2 Y面

(g) case3 Z面

(h) case3 X面

(i) case3 Y面
図4-11 テストデータの誘電率分布の推定結果(がん有)

さらに性能を改善するには以下の方法が考えられます。

  1. 学習データを作成するときのパラメーターを改良する
  2. 学習データ数を増やす
  3. 分解能を小さくする